藤田政博
不祥事の調査報告書を読み終えたときにこのように感じることはないでしょうか。「実にかっちりした報告書だ。矛盾がないし、結論も納得できる。でも、なぜだろうな。読み終わったあとに、最初からこの結論に向かって書かれていたような、不思議な既視感があるのは」。
この感覚は、決して穿った見方ではありません。
不祥事の調査において、私たちは「まず事実を白紙の状態で集め、そこから論理的に結論を導き出す」というプロセスを理想としています。しかし、人間の認知の仕組みは、そのような「純粋な帰納」をきわめて苦手としています。むしろ、調査のきわめて早い段階で、私たちは無意識のうちにある「仮説」を立て、その仮説を補強するように情報の収集と解釈を偏らせていく。心理学で確証バイアス(confirmation bias)と呼ばれるこの現象は、個人の能力や誠実さの問題ではなく、私たちの思考が効率的に世界を理解しようとする際に不可避的に伴う「副作用」のようなものです。
調査報告書がいつ書き上がっているのか、という問いに対する不都合な答えは、「調査が始まった数日後には、骨格が出来上がっていることが多い」というものかもしれません。
「最初の仮説」という重力
調査担当者が現場に入り、関係者の話を聴き始めます。その初期段階で、断片的な事実や証言が組み合わさり、一つの筋書きが出来上がります。「これは個人の着服の問題だ」「これは上司のパワハラに端を発している」「これは現場の不注意が重なった事故だ」。こうした初期仮説は、混沌とした状況に秩序を与え、調査の方向性を決めるうえで必要なステップではあります。
しかし、仮説が立った瞬間に、調査担当者の認知的環境は一変します。
Nickerson(1998)は、仮説が形成されると、私たちの注意は「その仮説を支持する情報」に対して敏感になると論じました。一方で、仮説と矛盾する情報、あるいは仮説とは関係のないノイズに見える情報は、意識の表層に登りにくくなる。ヒアリングの質問設計そのものが、仮説を補強する方向に無意識に傾斜していきます。
たとえば、ある不正が「個人の資質」によるものだという初期仮説を持っている調査担当者は、対象者の過去の素行や性格に関する情報を熱心に収集します。一方で、その人が不正をせざるを得なかった組織構造上の問題や、業務プロセスの不備に関する情報は、「周辺的な事情」として軽視されやすくなる。調査担当者が「なぜあんなことをしたのか」と問うとき、その問いは対象者自身の内面を探る方向に向けられ、背景にあるシステムの欠陥を照らし出すための光は弱まってしまいます。
聴取の質が記憶を書き換える
さらに厄介なのは、このバイアスが調査担当者の頭の中だけで完結しないという点です。調査の対象となり、ヒアリングを受ける側の記憶そのものが、調査担当者の問いの立て方によって変容していくことが、認知心理学の研究で明らかになっています。
Loftusの古典的な研究以来、事後の情報が過去の記憶を書き換えてしまう現象は繰り返し確認されています。調査担当者が「このとき、少しおかしいとは感じませんでしたか?」と尋ねる。そこには「おかしいと感じたはずだ」という逆算の仮説が織り込まれています。質問を受けた側は、その瞬間に当時の記憶を再構成し、当時は存在しなかったはずの「違和感」を事後的に捏造し、報告してしまうことがあります。「言われてみれば、たしかに嫌な予感はしていました」。この言葉が引き出されたとき、調査担当者の初期仮説はさらに強固になり、報告書の結論は一歩、確定へと近づきます。
ある第三者調査の過程に関与した際、調査チーム内での議論の様子を観察していたことがあります。当初、複数の可能性が検討されていたはずの事案が、ヒアリングが進むにつれて一点の疑いもない単一のストーリーへと収束していく。その過程で、初期仮説にそぐわないいくつかの「小さな事実」が、議論のテーブルからこぼれ落ち、忘れ去られていったのを覚えています。報告書が完成したとき、そこには一分の隙もない論理が構築されていましたが、その論理の美しさこそが、切り捨てられた情報の存在を覆い隠していました。
「白紙」に戻ることは可能か
ここまで見てきた構造を前に、「では、どうすれば中立な調査ができるのか」という問いが生まれます。
確証バイアスを自分自身の意志の力だけで克服することは、原理的に困難です。「自分はバイアスに注意している」という確信が、かえって自分の判断の客観性を疑うことを阻害するという皮肉な現象(バイアスへの盲点)も知られています。
対処の方向性は、個人の意識改革ではなく、プロセスの設計に求めるべきでしょう。たとえば、初期仮説とはあえて逆の仮説を立てて検証する「悪魔の代弁者(Devil’s Advocate)」をチーム内に置くこと。あるいは、中間段階で調査資料を、背景を全く知らない別の専門家に渡し、同じ結論が導き出されるかを検証する「外部査読」に近い手続きを組み込むこと。
調査報告書が、調査が始まってすぐに書き上がるのを防ぐためには、結論を遅らせるための「構造的な摩擦」が必要なのです。
自社の不祥事調査のプロセスにおいて、仮説を検証し、覆すための仕組みが機能しているだろうか。この問いを持つことが、既視感のある報告書を、「生きた教訓」へと変えるための第一歩になるのかもしれません。
